2006年11月08日

社員の選んだ感動エッセイPART4

きみも誰かにしてやってくれ


あれは、人里はなれた雪深いオレゴンのキャンプ場での出来事だった。二十年も前の話だというのに、まるで一点の雲もないオレゴンの空のように、今でも鮮やかに覚えている。

私は妻と二歳の娘と共に、エンストを起こしたレンタカーの中で困り果てていた。病院での研修を終えたことを記念して旅に出たのだが、私のマスターした医学知識はこのキャンピングカーにはなんの役にも立たなかった。とりあえず電気のスイッチをまさぐったが、真っ暗のままだ。エンジンをかけようとしてもだめだった。車から出ると、白く逆巻く早瀬のとどろきに、私のあせりは幸にもかき消されてしまった。バッテリー切れが原因だとわかったので、娘を妻に任せ、数マイル先のハイウェイまで歩いていくことにした。二時間後、私はくじいた足を引きずってようやくハイウェイにたどり着いた。

トラックを呼び止めて、乗せてもらい、最寄りのガソリンスタンドで降ろしてもらった。しかし、そのガソリンスタンドに向かって歩いているうちに、今日が日曜日だということに気がついて目の前が真っ暗になった。やはり、店は休みだった。幸い、近くの公衆電話とボロボロの電話帳があったので、二十マイル離れたとなりの町のオートショップに電話をした。電話に出でくれたボブという男は「もう心配ないよ」と言った。「ふだんは日曜日休むんだが、30分以内にそっちに行くから」わたしはほっとしたものの、一体どれくらいの料金を払うことになるかと気が気ではなかった。ボブが乗ってきたピカピカのレッカー車で二人はキャンプ場へ戻った。先に車から降りた私は、歩き始めたボブの姿を見て茫然とした。足には金属製のギブスをはめ、松葉杖までついているではないか!彼がキャンピングカーまで歩いていくのを見ながら、私はまた彼への支払を頭の中で計算し始めた。「大丈夫。バッテリーが切れただけだよ。最初はちょっとがたつくけど、後はスイスイ行けるからね」ボブはそう言って、バッテリーを受電している間,娘に手品を見せてくれた。娘はボブが耳の中から取り出した二十五セント玉をもらって大喜びだった。彼が充電に使ったブースターコードを積みこむのを見ながら、私はいくら支払えば良いのかと聞いた。「いや何もいらないよ」意外な答えだった。「でも何か支払わなきゃ」「いらないよ」と彼は繰り返した。「ベトナム戦争でこの足をなくした時、ある人が俺を死の境から助けてくれた。そのとき彼が、きみも誰かにしてやってくれって言ったんだ。だから、俺に気兼ねはいらない。その代わり、誰かが困っているのを見かけたら、その人を助けてやってくれ」



さて、話を二十年後に早廻しして、舞台は私の忙しい医局。

ここで私は、しばしば医学生の訓練を行っている。シンディは州外の学校の医学生だが、この町に住む母親のところに滞在したいと、私の元で一ヶ月研修した。その日は、ドラッグとアルコールのために身体がボロボロになった患者を診察したばかりだった。シンディと私は治療法についてあれこれ検討していたが、ふいに彼女の目に涙が浮かんできたのに気がついた。「こういう話し合いはいやかい?」と私は尋ねた。「そうじゃないんです」と言いつつ、シンディは泣いた。

「実は、私の母もこの患者さんと同じ問題をかかえているんです」

それから私たちは会議室の片隅で、シンディの母の痛ましい過去について話し合った。

私は彼女の母親が治療を受けるようにすすめ、彼女を励まし、母親が経験豊富なカウンセラーと相談できる様に手配した。家族の他のものたちの強い勧めもあって、シンディの母は治療を受けることを承知した。母親は入院し、数週間後には別人の様に生まれ変わって退院した。崩壊寸前だったシンディ一家に、初めて希望の光が差してきた。

「どうやってこの恩返しをしたらいいのでしょうか?」シンディが私に聞いた。


雪のキャンプ場で立ち往生したキャンピングカーとよきサマリア人ボブを思い起こせば、

答えはひとつだった。



君も誰かにしてあげなさい



 上坂郁夫選
【社員の選んだ感動エッセイの最新記事】
posted by シナコバブログマスター at 19:27| 大阪 晴れ| Comment(0) | 社員の選んだ感動エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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